先取と革新性に満ちた技法で七宝焼の可能性をひろげる
Craftsman Dialogue 02
電気鋳造
七宝焼を数多く作る際、素地の成型で欠かせない「電気鋳造」。
電気めっきの化学反応で原型の表面に金属を付着させ
素地の型を取り出す工程である。
最大の特長は、繊細な模様を忠実に再現できること。
化学工場のような作業場には、職人の情熱と探求心が息づく。
めっき加工の力を借りて
金属に厚みと輝きを
作業場には「電鋳槽」と呼ばれる、電流の流れる水槽が並ぶ。浸かっているフックを引き上げ、団扇を引き延ばしたような形の金属板から、めりめりと被膜を引きはがす──。 伝統工芸品が生まれる場所とは思えない風景で取り出されたのは、緻密な模様が施された、小皿の原型だった。 「模様の入ったシリコン型の表面に導電性のあるパウダーをかけて電鋳槽に吊るすと、電気めっきの反応で電気分解された銅が吸着して、凸凹が反転した金属の型ができる。その金属型から複数の型を作ることで素地が複数枚とれるので、大量生産もかなう」とは、入社一年目の吉田だ。大学で美術を学び七宝焼の製作をしていた彼女だが、入社するまで電気鋳造の工程は知らなかった。
型からはがした素地は、曲線の少ない小皿などになる。ここからは表面をニッケルめっき、銀めっきと順に加工し、最後は水洗いする。「めっき加工の難しさは、最初に汚れを綺麗に落とせるかどうか」と語るのは、吉田の師匠とも言える半間。電気鋳造とめっきの技術者としてのキャリアは35年以上になる。
酸を使用して表面の汚れを落とす「キリンス処理」は、薬に漬ける時間が長すぎれば模様が溶けてしまう。適切な時間や濃度を見極めるのは、長年の経験と勘によるところも大きい。かつては七宝焼とは無縁のめっき業に従事していた半間。技術継承の志をともにしたことが、安藤七宝店の入社のきっかけだ。
机上の計算だけでは見えない
伝承される職人の技
作業場の壁には、めっき条件を設定しているデジタル計が光る。「安藤七宝店として決められた基準値があるので、それより高くても低くても補正する必要がある」と半間。液中の濃度、温度、電流密度などが影響しあい、数値が極端に悪い項目があれば、素地の品質にも影響が出てしまう。
正確かつ緻密な管理が求められるが、参考書通りの条件にすればうまくいくわけではない。「計算上は正しい電流をかけてもめっきが想定より薄くなることがあるので、多めに電流をかけなければいけない。そこをすぐに調節できるのは、やっぱり長年の経験がなせる技」と吉田は語り、半間に尊敬のまなざしを向ける。
しかし「私は経験と勘の積み重ねでやってきたけど、これからはそれじゃだめなんだ」と半間。七宝焼の工程に電気鋳造を取り入れるのは珍しく、その作業を入社以来ほとんど一人で担ってきた。自分の代で技術が途絶えることのないように、自身の経験や勘に基づく知識を明文化する必要性を日々感じている。
「失敗してもいいから、簡単なことも難しいことも、若い人に体験してもらいたい」。伝統技法を伝えたい者と受け継ぎたい者のつながりは、職人を守り育てるという安藤七宝店の風土があってこそ。「若い頃は、自分が培った技術を他人に渡したくないという気持ちもあったけどね」と笑う半間に、この道一本で歩んできた職人の矜持を垣間見た。
年齢も経験も異なる職人が
瞳の奥に宿す静かな情熱
一つずつ素地を作るヘラ絞りとは異なり、一度に複数の生産を可能にすることも、電気鋳造の強みだ。「七宝焼は一点物で高価なイメージがあるけど、安価で大量に作れたら、より多くの人に届くかもしれない」と吉田。古典的な印象を持たれがちな七宝焼に新しい価値を与えられるかも、と瞳を輝かせる。
「皿や壺だけではなく、たとえば自動車の窓向けに、美しくて強度のある七宝焼のガラスなんかも作ってみたいね」とは半間の談。35年以上のキャリアをもってしても、めっき技術へのアイディアは絶えない。「とにかくこの作業が楽しくてめっき一筋。若い世代にも、まず仕事を好きになってもらって、常に探究心を持って取り組んでほしい」。
電気鋳造は、めっき液の水質も一朝一夕では安定せず、大きな壺や深皿などの立体物を造るにはまだ制約がある。何よりも、この技術を利用した七宝焼の前例は少ない。その課題の多さを前に「難しい」と繰り返しながらも、電気鋳造の工程や展望について語る半間と吉田の表情はとても楽しそうだ。
化学反応を応用し、数値や薬品と向き合う日々。言葉だけ聞くと無機質な印象を持つが、職人たちの真剣な姿は、一粒ずつ丁寧に育てる真珠の養殖や、酵母を使って日本酒を醸造する杜氏など、生き物を相手にする人々の姿に重なる。年齢も出発点も異なる二人。その目の奥に静かに燃やす情熱が、七宝焼の未来を明るく照らすことだろう。