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全身に染み込んだ力加減と想いが無骨な金属を美しき弧に変える

Craftsman Dialogue 01

ヘラ絞り

全身に染み込んだ力加減と想いが,無骨な金属を美しき弧に変えるのイメージ

七宝焼の素地は一枚の純銅板。
「ヘラ絞り」は銅板を回転する型にあてて伸ばしながら、
花瓶や器の形状に加工していく工程である。
ヘラ棒の力加減により同じ厚みを保ちながら曲線を描き、
単時間で素地を絞り込んでいく熟練の技。
今、未来に向けて次の世代につながれようとしている。

押して、伸ばし、焼く
すべての作業に熟練の技

絞り旋盤と呼ばれる機械に金属の型を固定し、丸く切り出した銅板を挟み込む。旋盤を回転させたら、ヘラ棒と呼ばれる金属の棒を、テコを効かせながら押し当てていく──。ろくろを使って焼き物を形づくるかのように、平だった銅板がみるみるうちに弧を描き、花瓶の形状に姿を変えていった。
「家業がヘラ絞りだったので、学校を出てからずっとこの仕事だね」と語るのは、ヘラ絞り職人として40年以上のキャリアを積む西浦。かつては自身のヘラ絞り工場を営んでいたが、技術継承を願う安藤七宝店の働きかけで、ともに道を歩むこととなった。「このあたりでヘラ絞り職人と呼ばれるのは、僕ぐらいじゃないかな」という彼の言葉からも、ヘラ絞りが限られた者のみが修得している技術であることが分かる。

ヘラ絞りの工程で最も技術を要するのが、力の具合だ。金属を木槌で叩くと、厚い部分と薄い部分ができてしまうように、ヘラ棒を押し当てる加減を誤ると、成形された素地の厚みが均質でなくなり、表面に凹凸が生まれてしまう。そのためヘラ絞り職人は、同じ厚さを保つよう全身を使って力加減を調整していく。
ヘラ絞りでは途中、数回の「焼きなまし」をおこなう。筒状になった素地を釜に入れて焼き、ひずみを取り除いたり、再び伸ばしやすくしたりする工程だ。「焼きすぎると表面がざらつくので、銅板の色を見てタイミングを図っている」と西浦。素地の大きさや形によって焼きなましの時間は微妙に異なるため、同じく職人の経験と勘が活かされる工程となる。

押して、伸ばし、焼く<br>すべての作業に熟練の技のイメージ

型がなければ自ら作る
木を削り出すのも職人の手

手際よく銅板を絞る西浦の背中を見つめるのは、18歳で安藤七宝店に入社して20年間、主に植線や研磨の工程で技術を磨いてきた廣井だ。限られた者だけが担えるヘラ絞りを継承すべく、西浦の指導のもと、この工程でもキャリアを積もうとしている。廣井はヘラ絞りに着手した当初を、「力の加減が分からず、体の痛みが尽きなかった」と振り返る。携わって3年ほどが経った現在は、一人で工程を担うことも増えた。
それでも、「同じ素地を絞るのでも、西浦さんはヘラ棒を押し当てる回数が少ない。仕上がりまでの時間も速い」と、師に羨望の眼差しを送る。その言葉に西浦は、「僕が育った環境は、数をつくってなんぼの世界だった。若い世代は、まずは時間がかかってもいいので、いろいろ挑戦してほしいね」。

ヘラ絞りで使われる型は、既製品であれば金属のものが使われるが、オーダーメイドの場合は一から起こす必要がある。この「型づくり」も、ヘラ絞り職人が担う重要な工程だ。もくれん科の落葉高木である朴を使い、ノミなどを使って削り出していく。「図面を見ながら頭の中で立体のイメージを膨らませて、一気に削る」と西浦。高松宮杯優勝カップなど、オリジナルデザインの七宝焼も安藤七宝店の得意とするところだが、ヘラ絞り職人による手作業が、そのスタート地点となることも少なくない。
「70年ぐらいヘラ絞りをやっていた父親は、とにかく木型を削るのが速かった。まだまだ叶わないが、追いつきたい」と、西浦が見ている背中を教えてくれた。師が磨き続ける技術は、やがて廣井に継承されていくだろう。

型がなければ自ら作る<br>木を削り出すのも職人の手のイメージ

無色に見える工程の未来は
さまざまな色に光輝く

ヘラ絞り職人には、オーダーに応じた品質と数を、単時間で成形することが求められる。大量生産という点では機械で圧力を加える「プレス加工」に分があるが、ある程度のロットであれば、ヘラ絞りの方が早く、加工痕もつかないため、より美しい仕上がりが期待できる。そして何よりも、「七宝焼の魅力は自由度の高さにある」と西浦が言うように、世界で一つだけの逸品を生み出すためには欠かせない工程であり、その喜びが、ヘラ絞り職人の原動力にもなっている。
西浦は続ける。「安藤七宝店がここまでこられたのは、職人と技術を守り、高い品質を維持しながらお客さまに満足していただいてきた積み重ね。他のメーカーがあきらめた加工でも、自分たちならやり遂げる自信がある」。

技術を継承する廣井も、西浦と同じ未来を描いている。「七宝焼の地球儀を作ったことが思い出深い。西浦さんと一緒に大きな球状に絞っていくのが大変だったが、やりがいも大きかった。これからも、ヘラ絞りの技術が活かせる特注品に挑戦し、安藤七宝店と七宝焼そのものの評価を上げていきたい」と表情も明るい。
透明感のある色彩の美しさを誇る七宝焼において、金属と向き合うヘラ絞りの工程そのものは、側からは「無色」に見えるかもしれない。しかし、のちの七宝焼の美しさを支える大切な工程であり、それを支える職人の未来は、さまざまな色に光輝いている。