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完成を待ちわびて、銀線を立てる技術と経験が大輪を育む手仕事

Craftsman Dialogue 03

植線

完成を待ちわびて、銀線を立てる,技術と経験が大輪を育む手仕事のイメージ

鮮やかな色の境界に引かれた銀色の線。
下絵に沿って銀を接着していく「植線」は、
模様の輪郭線を描く工程である。
綿密な線をピンセットと指先で植え付ける、
職人の集中力と経験が問われる細かな技。
すべては七宝焼として美しく咲く、その瞬間のために。

下絵をもとに、銀の線を描く
焼いても美しい色の境界線

釉薬で色付けする前におこなわれる植線の工程は、色と色の境界線を作るための重要な手仕事。指先に神経を集中させて、綿密な下絵の上に高さ1.2ミリほどの銀線を、紫蘭の球根から取った白芨(びゃくきゅう)というのりで接着していく。銀線が接着しぴたりと垂直に立つと、不思議と張り詰めていた空気が解ける――。
「植線の技術にマニュアルはなく、熟練者の作業を見て学んできた。とにかく手を使って慣れていくしかない。思い通りにいかないことも多い作業だから、忍耐力が問われる工程かもしれない」と語るのは、植線を担う廣井。銀線は短くても長くても倒れやすい。1本の銀線の長さや曲がりを調節し、いかに倒れないように接着するかが職人の腕の見せどころだ。

七宝焼に銀線が用いられる理由は、焼いても酸化膜が出ず美しく仕上がるからだ。入社8年目の齋藤も、植線を継承する一人。高校時代から美術を専門に学んできた齋藤は、「絵画的な表現や緻密なデザインは七宝焼ならでは。美しく銀線が引かれた完成品を見ると達成感がある」とやりがいを語る。
齋藤のような若手は、現役を引退した元職人から植線の技術を学ぶことも少なくない。「技術を失いたくない」という静かなる熱意から、社外で開かれる金工教室に参加するほか、七宝焼の技術を積極的に学ぶ取り組みも。「手取り足取り教わるよりも、実際の作業を見て学んでいる」と齋藤。言葉では伝承しきれない技術は、後輩たちがその目で受け継いでいく。

下絵をもとに、銀の線を描く<br>焼いても美しい色の境界線のイメージ

原案をもとに、確かな再現を
0.1ミリ単位の細かな作業

商品の色や模様、釉薬の質に合わせて、銀線の高さ、厚みも変わる。線の厚みが増すにつれて加工の難易度も上がるが、木の幹の力強さなど、太い線だからこそ生き生きとした表現も可能に。一見シンプルに見える幾何学模様も、少しの銀線のずれで全体に違和感が生じることがある。
複数の線が絡まるような複雑な模様も、指先とピンセットで合わせていく。0.1ミリ単位の細かな世界で、彼らの作業はおこなわれる。「本工程に欠かせない道具は、手に収まりのよいものを自身で作ることで作業効率が上がる」と廣井。前任の先輩から引き継いだものを使うこともあるという。技術とともに、作業道具もまた次の世代へ受け継がれていくのだ。

墨やメチルバイオレットというインクで描かれた下絵をベースに、図案も入念に確認しながら作業を進めていく。下絵付けや植線の工程ごとにそれぞれの解釈をしてしまうと、本来の絵から異なる仕上がりになってしまうからだ。
彼らに技術を継承するのは人だけではない。「珍しい図案で注文がきたら、どうすれば自然に見えるのか、どこで銀線を切るかをはじめに考える。そのときに過去の作品を教科書代わりにすることもある」とその経験を語る廣井。齋藤もまた、先輩の背中を見て同じように伝統を引き継いでいきたいという。これから作られていく七宝焼は、伝統や技術を大切に残してきた先人たちと、その思いに応えようと後世へ技術をつなぐ今の職人たちとの合作ともいえるだろう。

原案をもとに、確かな再現を<br>0.1ミリ単位の細かな作業のイメージ

植線の工夫で新たな七宝焼に
豊かな表現力を次世代へ継承

「植線で模様を作るときに難しいのは左右対称にすること。どんなに細かな線も、人の目で見て微調整をしていく」。廣井がその難しさを語る植線の工程は、職人の経験とバランス感覚が求められる。そして難しい線であればあるほど、彼らはその作業を楽しもうとする。
「線には種類がたくさんある。決まった表現だけではなく、高さ、厚みの異なる豊かな表現ができれば、七宝焼の可能性はさらに広がるかもしれない」と廣井は期待を寄せる。その背中を追う齋藤も、「厚みのある銀線を叩いて薄くすることで、1本の線でも強弱が作れる。植線でもっと幅広い表現ができるので挑戦したい」と意気込む。

焼き物の中でもとくに緻密な表現ができる七宝焼。その工程の中で黙々と進められる植線の手仕事は、彩り豊かな品を作り上げるためには欠かせない。その技術の継承を望む一方で、壺や花瓶などの難易度の高い立体物の植線は、年に10回もないほど貴重だという。
「線の表現力を身に付けるには、植線の工程を数多く経験する必要がある。自分のためだけの経験ではなく、技術を余すことなく引き継いで、次の世代へつなげることが私たちのすべきこと。5年は先輩の姿を見て学んでいるが、まだまだ足りない」と齋藤。職人たちは過去から学び、自分にしかできない表現を追い求めていく。